現代音楽のエキスパート、ピアノはなかじま! 其の弐


「中嶋香シリーズリサイタル〜ピアノ音楽の推移と変異・第三夜」 @初台「東京オペラシティ・リサイタルホール」。 


(19:00/19:07-19:45/20:00-20:45_¥3,500-)


Program:

  1. George Crumb 《Gnomic Variations》 約25分 (1981年)
  2. 野平一郎 『間奏曲 第3番』 10分 (2005年) ※委嘱作の初演。
    • intermission 約15分
  3. 間宮芳生 『6つのエチュード〜ピアノのために』 全25分 (2003年/2005年) ※3曲ずつ発表された作品を通しで演奏。
  4. 高橋悠治 『乱れみだれて』 15分 (1997年)


前半。黒いホールターネックのドレス。腰にスワロフスキーのベルト。真中の石ひとつ赤い。背中全開。
後半。青みの強いエメラルドグリーンのドレス。


ベーゼンドルファーのグランドピアノ(?)が二台。ややコンパクトなの(一曲目に使用)と、ボートの様に長いの(あと全部はこちら)。


今回は1曲目と4曲目が目玉か。


記録によると、ジョージ・クラムの曲を、彼女は再三採り上げている様子。
形式を厳密に守った曲とのことだが、そもそも形式を構成する要素がすごく変わっている。
「内部演奏」。譜面台の向こうに手を伸ばして、ピアノ線をはじく。ピアノ線を押さえながら、鍵盤のキーをたたき、詰まった音にする。弦をはじいて音を出しながら、ペダルを操作して響きを消す。
こういった純正音(?)でない、ゆがんだ音(?)が、形式をゲンミツに遵守して構成されている...ようなのだ。たぶん。


作曲意図は、ある種のアイロニー、自虐ネタみたいにみえるが、彼女の演奏だと、響きが深くて、ちょっと感動するような場面(ほんの数秒たらず)が出てくる。


高橋悠治作品は、筝の古典曲の構造を、ピアノ演奏に置き換えたらどうなるか、という実験作。
楽器はピアノながら、西欧古典音楽の要素を徹底して廃した音楽。照明はぎりぎりまで落とされた。
理念的には沸騰している状態なんだろうが、音楽的には、ただもやもやした音がしばらくしているだけ。
アカデミックな実験箱の中の、人間の創造力の発露と、聴衆・観客たち。まだ先は長いので、これが極限だ、とか、最後の、とは云えないが。


演奏が終わりを迎えても、なお不服そうな顔で座りつづける瞬間のあった中嶋さん。これをシリーズの最後にもってくるところがすごいんじゃないでしょうか。